育休中の主婦が、クラブイベントを企画することにした話。(前編)

どうも、あゆみです。

私がまだピチピチの20代だった頃、毎週のようにクラブで踊り狂っていたものです。

そんな私も今、娘を持ち、お酒も飲まず夜も出かけない生活をする様になりました。

クラブなどもってのほか。

 

新しい音楽も聴かなくなり、

スマホに残っている最新のプレイリストに入っている曲は
R-kellyのLove letter。(恐ろしく古い…!)

 

ヒールも履かなくなり、

トップスも抱っこ紐とよだれのため、安いものしか買わなくなりました。

…何故でしょう、書いていると目から汗が出てきて止まりません…。

 

でも、本当はこう思うのです。

おしゃれしたい…!

クラブ行きたい…!

酒は飲めないけど、ウェーイってなりたい…!


何よりも…踊りたい…!

 

 

私にとってクラブは、不良のたまり場でもなく、犯罪行為を誘発する場所でもなく、
純粋に楽しむためにある場所でした。

家族を持って、いい大人になっても、赤ちゃんに負担をかけず、
家族みんなで音楽を楽しめるようなクラブがあったって、いいんじゃないか?

そう思った私は、自分でそんなイベントを作っちゃうことを思いつきました。


元同僚でもある友人のYasukoさんに、その思いを告白したところ、彼女はこう言ってくれました。

 

「やりましょう!」

 

私には、その時のYasukoさんが、女神のように輝いて見えたのでした…。 

 

女神のようなYasukoさん

 

さて、やすこさんという協力者を得た私は、さっそくイベント企画に乗り出しました。

日本橋にて打ち合わせを決行。
 開催場所を選定したり等、イベントの詳細を練ります。

横浜市の自宅から、バスと電車を乗り継ぎ、日本橋までやってきました。

 

久々の日本橋に思わずセルフィ―を撮る親子

 
「タイ式汁そば」を食しながら、やすこさんとランチミーティングです。

産休に入ってから久しくご無沙汰していた、「誰かとミーティングをする」喜びに震えたのもつかの間、

印刷してきたアジェンダは、0歳の娘によって無残に引き裂かれたのでした。。

 

何とかテープで修正されたアジェンダ


幼子を抱えての打ち合わせや企画には、こんな感じで常に作業が中断される可能性がつきまといますが、
家の中で赤ちゃんと二人きりの育児にはない充実感があります。

育児って、通勤電車にも乗らなくていいし、
スーツも化粧も必要ないし、上司やクライアントに気を使う必要もないけど、

自分の働く姿を見てくれる人、評価してくれる人が一人もいないんですよね。

そういうある意味孤独な状態が長く続くと、
地味にしんどかったりするので、

やっぱり、誰かと一緒に何かをやるのって、楽しい!

そんな楽しい気分で帰宅した私に、夫から青天の霹靂的なニュースがもたらされたのでした。






「ごめん、4月から沖縄に転勤が決まった。」

 

 

 

。。。。。

。。。。。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

突如、夫の沖縄転勤により沖縄に住むことになってしまった私は、
引越しの前に必要な準備を済ませ、
何とかイベントを決行する事にしたのでした。
 
 
引越までの猶予は1ヶ月…!
 
関東にいないと出来ない、会場側との打ち合わせや間取り確認など、
ゼロ歳児を連れてフル稼働です。
 
 
 
 
しかし。
引越まで1週間を切った4月1日の深夜、
事件は起きた。
 
 
 
DJさんとの顔合わせを翌日に控えたその夜、
私は腹部に違和感を感じて目が覚めました。
 
トイレに行くも、腹巻きをしてみるも、
なんだか重苦しい痛みが強くなっていきます…
 
あれ、これはなんか…あかん奴や!
 
身悶えして、変なうめき声が出る程の腹痛…。
陣痛来るのか!?
と言う程の痛みに、本気で救急車を呼ぼうかと悩んでいるところへ、
激しい嘔吐が襲う。
 
 
私は、風邪もめったにひかず、
あまり病気をしないタチなのですが、
ちびまる子ちゃんの山根くん宜しく、胃腸だけはとってもデリケートなのです。
 
 
幸い、嘔吐の後は少しずつ快方に向かいましたが、
翌日赤ん坊を連れて池袋に行ける状態ではとても無く、泣く泣くキャンセル。
 
 
レオナルド、すまん。
 
 
電話とメールを使って家探しも並行して行ったため、少し疲れが溜まっていた所へ、
深夜のカップヌードルがとどめを刺したのでしょう。
 
それでも、何とかイベント準備を可能な限り進め、沖縄へと旅立ったのでした。
 
 
 
 羽田空港内で寝落ちする娘。頼む、機内で寝てくれ。